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当ブログはシングルファザーになってしまった僕「えっちゃん」による、発達障害からの知的障害を持つ息子との育児奮闘記です。
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3.11その時

思い出しながらかいてみた

どうも、えっちゃんです。

震災から7年。その時僕が何をしていたか、どう思っていたか。
色々と思うことがあるので文にしてみようかと思います。

あの日あの時

僕は当時京都に単身赴任していたので地震そのものは気づきませんでした。
たまたま夜勤をしていたのでその時間は夢の中。
夕方頃起きた時にメールが届いていて、
『うちは大丈夫だから』
と書いてありました。

差出人は嫁(当時)。
何だろうと思って仕事の準備をしながらテレビをつけたらなんか凄い映像が。

嫁さん、その時出産準備で千葉県にいたんです。
息子はお腹の中。5月半ばが出産予定日でした。
太平洋側の漁師町です。
漁港や海水浴場へは自転車で行けるくらいには近い。
テレビの津波到達予想としては直撃コースです。

実際に電話で連絡が取れるまではもう生きた心地がしなかったですね。
メールでの「大丈夫だから」は死亡フラグでしかないですもん。
後から嫁さんに聞いた話としては、津波到着予定時刻が放送で知らされた時は、その時間「もう来るじゃん」というような時間だったそう。
幸いなことに、町内での死亡者は無かったです。物的な被害はかなりあったみたいですが。

息子の誕生

息子が産まれたのが同年5月。直近で計画停電の予定があったりとかバタバタしていたことを覚えています。
ちなみに出産には40時間以上かかったので京都からでも余裕で間に合いました。何なら産院に泊まったくらい。
息子は震災を知りませんが、息子が産まれる年にあった出来事を、しっかりと語り継いでいく必要があると思います。

あの時の日本の異様な空気。不安。

息子の産まれた年ということもあり、毎年この時期になると色々なことをフラッシュバックのように思い出します。

おわりに

あれからもう7年。息子ももうすぐ7歳になります。
あの時産まれた子どもたちがもう小学生です。
早いもんです。
忘れてはいけない出来事だと思います。

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